広島地方裁判所 昭和41年(ワ)803号 判決 1969年5月16日
原告 田川昂
右訴訟代理人弁護士 角田俊次郎
同 角田光永
被告 鹿野町
右代表者町長 青木順一
右訴訟代理人弁護士 小野実
同 椎木緑司
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一、当事者双方の求める裁判
一、原告
(一) 被告は、原告に対し、金一五一万三、六〇八円及びこれに対する昭和四一年一一月二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
(二) 訴訟費用は被告の負担とする。
(三) 仮執行の宣言。
二、被告
(一) 主文と同旨。
第二、請求の原因
一、訴外田村好治(以下田村という。)は、昭和四〇年九月三〇日午後八時三〇分頃、普通乗用自動車(山五た五二八号、以下被告車という。)を運転中、広島市土橋町四番三号先の交差点(通称小網町交差点)において右折進行しようとした際、折から同交差点に北方道路から直進してきた原告の運転する自動二輪車(広島市二六七九号、以下原告車という。)と衝突し、よって原告に対し、右脛骨開放性骨折・顔面擦過傷の傷害を負わせた。
二、被告鹿野町は、前示被告車を所有し、これを自己のために運行の用に供していたものであるから、被告車の運行によって惹起された本件事故によって原告が被った後記の損害を賠償すべき義務がある。
三、本件事故によって、原告が被った損害は次のとおりである。
≪中略≫
第三、被告の答弁及び主張
一、請求原因第一項は原告の傷害の部位・程度を除いてすべて認める。同第二項中、被告が被告車を所有しこれを自己のために運行の用に供していたことは認めるが、その余は争う。同第三項は争う。
二、本件事故については、訴外田村において被告車の運行に関し注意を怠らなかったし、被告車に構造上の欠陥又は機能の障害がなかったから、被告に原告の損害を賠償する責任がない。すなわち、訴外田村は訴外吹田幌の運転する自動車に追従して本件交差点にさしかかった際、同車の約五メートル後方を時速約一五ないし二〇キロメートルに減速した上、あらかじめ道路の中央に寄り、かつ、交差点の中心の直近の内側を徐行し、右折の合図をしながら右折をはじめ、交差点の中央部に進み、南行する車輛がすべて通過するのをまって左側方の安全を十分確認しつつ右折進行中、折から左前方約一〇メートルの地点から直進する原告車を発見したので急ブレーキをかけたが間に合わず、被告車を原告の運転する原告車に衝突させたものであるが、原告が本件交差点に進入しはじめたときは原告の進行方向の信号はすでに黄色であったのにかかわらず、原告は酩酊のためこれを認識せず、そのまま時速約三〇キロメートルで本件交差点を直進した過失によって本件事故を生ぜしめるに至ったものである。訴外田村としては、前記のごとく道路交通法の規定に従い、右折の方向指示をしながら交差点の直近の内側を徐行をしつつ右折していたのであるから、原告のように酩酊の上信号を無視して時速約三〇キロメートルで交差点を直進してくる原告車のありうることまでも予想し、これとの衝突を未然に防止する義務はないと解する。
≪以下事実省略≫
理由
一、請求原因第一項の事実は原告の傷害の部位、程度を除いてすべて当事者に争いがない。
二、被告が被告車を所有し、これを自己のために運行の用に供していたことは当事者間に争いがない。そこで進んで被告の免責の抗弁について判断する。
(一) ≪証拠省略≫を総合し、前記当事者間に争いない事実に徴すると、次の事実を認めることができる。
(イ) 本件事故現場である広島市土橋町四番三号先交差点(通称小網町交差点)は、同市十日市町方面から同市舟入本町方面に走る路面電車軌道が敷設されている南北に通ずる道路と同市を東西に走る平和大通とが交わる交差点であって、東西・南北の両道路とも昼夜の別なく車輛の交通量が多いため、信号機による交通整理が行われている。
(ロ) 訴外田村は、昭和四〇年九月三〇日午後八時三〇分頃被告車を運転して右電車通を舟入本町方面から北進し、本件交差点にさしかかった際、同交差点を先行する訴外吹田の運転する車に続いて右折東進しようとして、先ず信号を確かめ、あらかじめ方向指示器により右折の合図をしながら、右交差点内に徐行進入し、除々にハンドルを右に切りつつ、同交差点中央附近に進出したが、折から南行車道上は、本件交差点の北方から南方に向け直進中の車輛の列が続いていたので、これが通過をまつため右交差点中央部の路面電車の軌道上で、被告車を斜めにした右折態勢のまま一旦停車し、右南行車輛の通過を確認した後は、北方を一べつしたところ南行する車輛を認めなかったので右折するに支障がないと思い、時速約一五キロメートルで右折を続行しはじめ、被告車の前輪が路面電車の軌道上を通過した直後、左側方から原告が原告車を運転して本件交差点に進行してくるのを約一〇メートルの距離に接近してはじめて気づき、直ちに急停車の措置をとったが及ばず、被告車の前部と原告車の前部とが接触して、本件事故の発生をみるに至った。
(ハ) 他方、原告は、原告車を運転して時速約三〇キロメートルで電車通り南行車道上を進行して、本件交差点にさしかかった際、自車前方の信号がすでに青から黄に変っていたのにもかかわらず、飲酒のため注意力が減退していたことも手伝ってかこれに気づかず、しかも本件交差点中央附近には南から東に向け右折する被告車が停車しているのを発見しながら、被告車は停止して直進車である原告車を優先的に通過させてくれるものと軽信し、右交差点中央附近に停車していた被告車の動静に対する注意、警戒を欠いたまま、漫然同速度で交差点内に進入したところ、右交差点を右折東進して原告の進路に進行してきた被告車と接触するに至った。
≪証拠判断省略≫
(二) そこで右の事実関係にもとづき被告の免責の抗弁中訴外田村の過失の有無について案ずるに、本件のように、信号機により交通整理が行われている交差点において、右折途中交差点中央附近で一旦停車した自動車が再び発進して右折を継続しようとする際には、自動車運転者としては、特別の事情のない限り、左側方(北側)から進行してくる他の車輛が交通法規を守り自車との衝突を回避するため適切妥当な行動に出ることを信頼し、それを前提としての注意義務を尽くして運転すれば足りるのであって、本件原告の車輛のように、あえて信号を無視して交差点に進入し、自車の前面を通過しようとする車輛のありうることまでも予想して左側方に対する安全を確認し、もって事故の発生を未然に防止すべき注意義務を負うものではないと解するのが相当であるところ、本件全証拠を仔細に検討するも、右の特別の事情と目すべきものが窺われないから、訴外田村には過失がなかったというべきである。
もっとも、訴外田村は本件交差点中央附近で一旦停車後再び発進するにあたり、左側方は一べつしただけで、交通法規を無視して自車の前面を通過しようとする車輛のありうることまでも予想して左側方に対する安全を十分確認しなかったことも窺われるのであるが、そのことを注意義務違反として過失ありとすることは、前項説示の本件の具体的状況を比照検討するとき、きわめて不相当な見解であって、とうてい採用することができない。その他本件において訴外田村の注意義務を肯定して、その過失を肯認するに足りる証拠はない。
かえって、前記認定の諸事実のもとにおいては、本件事故の主たる原因は原告が交通法規どおり交差点の信号にしたがって進行しなかった一方的過失に存するものと断ずべきである。
(三) そうだとすれば、本件事故発生の状況に関する前示認定の事実によると、被告車の構造上の欠陥、機能の障害の有無は、本件事故の発生と何ら因果関係を有しないことが明らかであるから、これらの点を論ずるまでもなく被告の免責の抗弁は理由があり、これに対する原告の請求は失当として排斥を免れないものといわざるをえない。
三、よって、原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないから失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 塩崎勤)